(参考)
TBS NEWS (2020年7月28日)
【独自】証言“検査難民”の実態、PCR受けられず
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4039070.html
(要約)
7 月 27 日,愛知県ではあらたに 76 人の感染を確認。そのうち約半数が名古屋市。
感染が疑われるのに PCR 検査を受けられない。第一波と同じ状況がいま起きている。
名古屋市の 20 代女性:嗅覚がマヒし,39.4 度の高熱があったが,保健所からは「あなたは近くに濃厚接触者もいないし,若いし,軽症なので,検査の対象にはなりません」と言われた。発症から 5 日目にようやく検査を受けられ,陽性と判定されたが入院先がなく,家族同居のまま自宅待機だった。検査数をふやしてほしい。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

原発事故で飛散した放射性物質は微細粒子となって広範囲に広がり,そこから休みなく出されている放射線それ自体はにおいも色もなく形も見えない。政府は環境放射能や人体の被害について積極的に調べようとはしていない。
新型コロナウイルスも人間の目には見えない微細な物体として,どこにいるのか,わからない。政府(とこれに同調する一部の自治体)は検査を抑制し,全体の実態を積極的に調べようとはしていない。
(参考)
リーダーズノート出版 「PCR検査を巡る攻防」

「不都合なものはかくす」という政治的意図が「存在するものを確かめない」という哲学的あやまりになり,このままいけばどこかで自滅するのではないか? 問題はわれわれが悲劇に巻きこまれるということだ。
われわれ自身が「存在するものを確かめる」哲学を持たないと対抗できない。「推測,伝聞,誇張,固定観念」と「たしかな事実」を混同してはならない。「推測や伝聞」が正しいことはありうるが,それらと「たしかな事実」を識別し,対照する(検証する)ことが必要であろう。
存在は物体だけにかぎらない。精神活動やその形成物もまた存在である。たとえば,ある人が背負っている人間理解のゆがみや貧しさも,そこに存在するものとして客観化して確かめることが必要になることがありうる。
ロシアとベラルーシの共同プロジェクトで制作された「チェルノブィリ・アトラス」では,土壌汚染の実測を地図化し,事故から70年後までの放射能減衰予測地図を公開している。ロシアやベラルーシでは「存在するもの(放射性物質)を確かめる(確かめなければならない)」という唯物論哲学があったからこそできたことだろう。
日本政府にはこうした哲学がなく,土壌汚染の放射能減衰予測地図は作れなかった。放射線の半減期は核種によってちがうので,土壌にふくまれる核種(とその線量)を特定しなければ将来の減衰予測計算はできない。日本政府のように航空機による空間線量率の測定だけでは減衰予測地図が作れないのは自明である。
日本では民間が作った東日本の土壌汚染と放射能減衰予測の地図は公開されているが,福島県の帰還困難区域(政府が決めた立入禁止地域)は測定できていない。
(参考)
東日本土壌ベクレル測定プロジェクト

日本政府(とそれに同調する自治体)は,新型コロナウイルス対策において PCR 検査を抑制する(あるいは妨害し,あるいは組織的計画的に実施しない)政策によって「存在するものを確かめない」政策をつづけ,放射能対策と同じことをくりかえしている。問題は,われわれ自身が悲劇に巻きこまれることだ。(7月28日修正。文責:寺本和泉)