(2019年6月2日補筆)
最近,ある有名な(おそらく良心的な)学者が「憲法は権力者をしばるものであって,国民は憲法を守らなくてよい,というと,みなさんポカンとされます」と得意げに発言している。
しかし,「国民は憲法を守らなくてよい」とは憲法のどこにも書いていない。
憲法第 99 条 【憲法尊重擁護義務】。これを「公務員だけの義務」と誤解する人が多い。それなら民間の企業や団体は,憲法上の多様な人権を無視して事業をしてもよいのだろうか? 
たとえば,民間企業である東京電力は,原発事故によって,国民の,平和のうちに生存する権利(前文)や,基本的人権(11条),個人の尊重,幸福追求権(13条),生存権(25条),教育を受ける権利(26条)を侵害してもよい,というのか?
関西の講演会で,ある法律専門家は地元の大企業を例示して「民間企業であるパナソニックに憲法を守れと要求するのはまちがいです」と解説している。パナソニックは権力者ではないからというのである。パナソニックが憲法を守らないかどうかは知らないが,それならば,民間企業は,勤労の権利及び義務,勤労条件の基準,児童労働の禁止(27条)や,勤労者の団結権(28条)を守らなくてもよい,というのか?
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憲法第99条【憲法尊重擁護の義務】
天皇又は摂政,及び国務大臣,国会議員,裁判官その他の公務員は,この憲法を尊重し,擁護する義務を負ふ。
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99 条は公務員の義務を強調しただけのものであり,「公務員以外は憲法を守らなくてよい」としたものではない。憲法が保障する人権はすべての個人に保障されており,国民はそれを侵害してはならない。すべての人の人権は憲法に守られており,だれも他人の人権を侵害することは憲法上ゆるされない。すなわち,すべての人に憲法を守る義務がある。
 
国際人権法から見るとわかりやすい。構造はそっくりだ。
社会権規約,自由権規約,子どもの権利条約,女性差別撤廃条約などの人権諸条約は加盟国同士の約束であり,第一義的にはその加盟国政府(公権力)に順守義務がある。
しかし人権の実際の場面を左右するのは,公務員だけでなく,さまざまな社会単位(企業,団体,学校,地域社会など)の活動であり,すべての人が,それぞれの単位で実現しなければならない。
加盟国政府だけが条約を順守しても,その国のさまざまな民間の社会単位が条約に違反してもよいのであれば,条約は存在の意味を失う。すなわち条約が法的に有効である以上,その条約実現の責任をすべての人がそれなりに負っている。さまざまな民間の社会単位の指導者たちは,その条約を批准する手続きには参加していなかったかもしれない。また,違反しても罰則はないかもしれない。しかし,だからといって「自分たちは条約を守らなくてよい」ということにはならない。罰則はなくても,守る義務はある。
 
これを無視しているのが現在の日本社会である。「日本国民は憲法を守らなくてもよい」という主張は,「日本国民は国際法を守らなくてもよい」という日本社会の人権感覚の空白をも反映したものであり,問題の構造は共通である。
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