(当初の記事中の「国内避難民の指導原則」は,2019年11月の外務省仮訳公表にともない「国内避難に関する指導原則」に統一した。ただしそれより前から日本の研究者グループの訳では「国内強制移動に関する指導原則」とされている。

【国連「国内避難に関する指導原則」の国内立法化】
 
4 月 4 日の参議院東日本大震災復興特別委員会で川田龍平議員は,2017 年 11 月に開催された国連人権理事会の日本に対する普遍的定期的審査(UPR)作業部会において,ポルトガル政府代表から勧告のあった国連「国内避難に関する指導原則」(国内強制移動に関する指導原則)について,避難者の子どもが避難先の学校でいじめにあった例も指摘しながら「地方自治体にどのように周知するのか」と質問している。川田議員の質問はあたらしい視点を提示するものとして歓迎したいが,いずれの省庁(政府側答弁者)も質問には答えていない。
参議院インターネット審議中継 (2018年4月4日) 
東日本大震災復興特別委員会
川田龍平議員の質問
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

日本政府は国連でこの勧告の「フォローアップに同意する」と回答したわけであるから,NGO はその実現を要求しつつ,長期にわたって経過を記録し,国連加盟国に情報提供をしていく必要があるとおもわれる。
一方,日本の立法府(国会)はこの指導原則を日本国内で(法的拘束力のあるものとして)有効化するための立法措置をとるべき立場にあり,行政府(内閣)にだけ責任を押しつけて,すましているわけにはいかない。災害の多いフィリピンではすでに国内立法化されており,干ばつや紛争の多いアフリカでは地域条約化されている(カンパラ条約)。

今回は福島原発事故の被害者との関係で注目されているが,立法化(条例化)は,特定の災害のためではなく,この指導原則自体がそうであるように,一般的原則として確認しておき,さまざまな災害に応用することになる。
さらに,地方自治体,地方議会,市民社会にもまた,この指導原則を学習し,社会全体に周知し,条例化あるいは明文の規範化をする努力義務があるというべきだろう。なぜなら,いずれの立場にも国際法を順守すべきそれぞれの義務があり,国連の指導原則はすでに確立している国際法を根拠として出されているのだから。そうした関係性を構造的に理解しておく必要がある。
ここでいう「明文の規範化」には,たとえば,災害対策基本法にもとづく地域防災計画への記載や,住民自治の一部としての自主防災組織の活動標準書への記載などがありうるが,もちろんそれ以前に,基礎的教養として学校教育や社会教育でとりあげることが必要とおもわれる。学校教育や社会教育で国際法(を根拠とする指導原則)をとりあげるためには,教育委員会や,公民館活動などでも議論する必要があるだろう。ここまででもわかるように,立法化,条例化,規範化は決して一部の公職にある人たちだけの問題ではなく,市民社会全体の役割であるといえる。重要な問題として,立法化の前であっても,この指導原則は被害当事者が自分自身にどんな権利があるのかを自覚し,かつ将来展望をもつために,有用な指針となりうる。自主的な学習活動を組織することも,すぐにできるはずである。
もし,この指導原則が立法化されていれば,県知事と内閣総理大臣の合意による「みなし仮設住宅」の提供打ち切りは,被害当事者の同意が必要であったし,したがって,痛ましいことに,住宅提供を打ち切られた母子避難の母親が 2017 年 5 月,首都圏の公園で首つり自殺をしたことも防げたのではないか。また,現在山形県内で起こされている東日本大震災の避難者への強制立ち退き裁判や,兵庫県内で起こされている阪神淡路大震災の借り上げ復興住宅居住者への強制立ち退き裁判は,訴訟の提起自体が困難であったとおもわれる。さらに,法律に避難者の定義がなく,その正確な数もわからないという現在の混乱状態(一種の無政府状態)も防げたと考えられる。

【国連「グローバー勧告」の国内立法化】
 
さらに,福島原発事故の被災者の人権について具体的に勧告をしたものとして国連人権理事会の「到達可能な最高水準の身体および精神の健康を享受する権利」特別報告者アナンド・グローバーによる「グローバー勧告」がある。かれは 2012 年 11 月に訪日調査をおこなって最終日に「予備的考察」を公表し,翌 2013 年 5 月の国連人権理事会第 23 会期に報告書を提出した。それは人権の視点から日本政府の政策を転換するよう勧告するものであり,緊急対応,健康調査,透明性と説明責任,政策決定過程への住民参加,除染,賠償,救済,移住,住居の保障,雇用,教育,医療など多面的に有効な施策を求めるものとなっている。ただし,これらは加害責任を根拠とするものではなく,人権を根拠とするものであることに留意する必要がある。
この「到達可能な最高水準の身体および精神の健康を享受する権利」は,「経済的,社会的および文化的権利に関する国際規約」第 12 条や,「子どもの権利条約」第 24 条などを根拠としたものであり,これらの条約を承認し,批准している日本には当然順守義務がある。勧告はこの順守義務をどのように具体的に実施すべきかを勧告するものであり,敵対的拒絶ではなく,建設的助言として受けとめるべきであろう。
勧告自体には形式的に法的拘束力はないが,内容的には法的拘束力のある国際法を根拠としたものであり,「国際法および国内法を順守する」という意思があるならば誠実に尊重すべきものである。「(形式的に)法的拘束力がないからだめでしょ」とこれを無視する被害者団体や支援者の形式主義の市民運動は,この勧告の根拠とされている国際法(および国内法)の意義を否定することになる。現在の日本の政治状況では困難かも知れないが,状況を固定的に見る必要はない。原発事故被害者の人権侵害を解決するには,結局これを立法化することが確実な道であろう。
もし,このグローバー勧告が立法化されていれば,年間被ばく線量 1 mSv が基準とされ,被害者には「知る権利」が保障され,政策決定の過程に参画でき,自主避難者にも住宅保障をふくむ明確な施策がされたであろう。県民健康調査やモニタリングポストの縮小はできないばかりでなく,行政区画にとらわれない実際の土地の汚染度に応じて,被災者が納得できる対策をとることができるはずである。

【国連人権システムの尊重】
 
日本政府は 2013 年 5 月の国連人権理事会において,この勧告に対して,実際には実施していないのに「すでに実施している」といったり,ある項目には修正や一部削除を要求するという対応をとり,全体として拒絶姿勢になっている。独立専門家の勧告に対して修正や一部削除を要求する,ということは侮辱であるだけでなく,国連の人権システムを否定(破壊)する危険な思想である。こうした破滅的状況をいつまでも続けないためにも,立法化の運動は有効な選択とおもわれる。国際法を知らない裁判官が当然のように存在するという日本の司法制度(司法試験)に象徴されるような「人権鎖国状態」も終了しなければならない。いずれかの法律のなかに「国際法を順守する義務に留意し,国連の人権システムを尊重する」という規定を書くことも可能であろうとおもわれる。このような法規定があれば,国連で恥をかさね,日本の信用を低下させたことも防げていたかもしれない。

【災害法,人権法,公害法の並立】
 
なお,上記の「グローバー勧告」の国内立法は災害法(特別法)として,「国内避難に関する指導原則」の国内立法は人権法(基本法)として考えることができる。
もともと,人権にもとづく公権力の保護義務は,加害責任にもとづく加害者の賠償・救済義務とは独立した価値体系として存在しており,国内法も災害法と人権法の並立が必要なはずである。
福島原発事故の後,あきらかになったことのひとつに,災害避難者を社会全体で保護しなければならないという共通理解(国民意識)が形成されていないことがある。既存の災害法制は,政府や自治体がなにをするのか,そのために住民はどう協力すべきかは記述されている。しかし被災者,避難者がどのような権利をもつのか,知る権利や政策形成に参画する権利はあるのかを記述した法律がない。
日本国内各地に避難した人があちこちでいじめ,いやがらせ,差別,排除にあうだけでなく,公権力による国内避難民差別もあることがわかっている(住民登録のない避難者の子どもに安定ヨウ素剤を提供することを自治体が拒否した例。住民登録のない避難者の子どもの高校編入を教育委員会が拒否した例など)。この背景に人権法の空白がある。この進化を達成できなければ,日本の人権水準はいつまでも批判を受けることになる。災害救助法の国際水準への進化は,あらゆる災害を対象とするのだから,法律の内容として原発事故の加害責任は直接関係しないし,与野党のわくにとらわれず,実現できるはずである。
これとは別に,放射能公害の再発防止,汚染の拡大防止,被害者の救済,加害者の処罰のためには放射性物質を対象とする公害法(たとえば放射能汚染防止法)を整備する必要がある。
放射性物質を対象とする公害法が確立していれば,全国で 1 万人をこえる被害者が大変な苦労をして加害者と争って裁判をしなくても賠償,救済が実施されるであろうし,原発事故の責任者は検察によって起訴され,処罰されるはずである。そのことが原発の再稼働や輸出といった悲劇的暴走を防ぐシステムにもなったであろう。原発を廃止するにしても長い時間が必要である。公害法がなければ環境汚染は際限なく許容されてしまうことになる。原発を維持するならなおさらである。「放射能汚染対策特別措置法」によって8000 Bq/kg 以下の放射性汚染物を公共事業として環境中に配置することが可能とされたが,根本的には「放射性物質の公害法の空白」による。
人権法にくらべて公害法の実現は遠いかもしれない。しかし正しい方向性をつかむことが重要なのであり,市民運動が方向性をまちがえれば,被害者をさらに苦しめることになる。
あえていえば,国内法の空白に気づかないということと,国際法に無関心であることには共通点があり,それは「全体の視野」をもたず,すでに見えているものだけを見ていく「個別の視野」にとらわれている認識にある。

【外国法の移入ではなく,国際法の具体化へ】
 
ここでいう「国際法の具体化」とは,さしあたり前述の「国内避難に関する指導原則」と「グローバー勧告」の国内立法化と条例化のことである。
ベラルーシ共和国,ウクライーナ,ロシア連邦にはいわゆる「チェルノブィリ法」というすぐれたモデルがある。これらを「参考に」することは大切なことである。
しかし,外国法と国際法は別の分野である。外国法の移入を「目標に」すれば,国際法の問題ではなくなるので,海外から見れば日本だけの特殊な問題となる。すなわち提案者が海外に発信しても同情的傍観で受けとめられるか無視されるおそれがある。また,国際法の問題でなくなれば国連ではとりあげない(相手にされない)ので,加害者にとっては好都合である。
さらに,「チェルノブィリ法にならった画期的な法律だ」と市民運動側が宣伝していた「原発事故子ども・被災者生活支援法」が成立から 1 年以上放置されたうえ,ほとんど機能しなかった本当の原因はなにか,この法律をどう改正するのか,それとも廃止するのか,この法律を把握している議員連盟はどう考えているのか,事実と展望を整理する必要がある。
この問題でも,国際法・世界標準をふくめた「全体の視野」をもたずに,すでに目の前に提示されている特定の外国法だけを見ていく「個別の視野」にとらわれた発想がある。
 
もともと,思想も社会制度もまったくちがう外国の法を移入することには困難が(遠慮なくいえば無理が)あり,気をつける必要がある。
たとえばウクライーナ法では,汚染された土地の定義や法制度などを見ると,存在しているもの(たとえば放射性物質)をありのままに明確に定義できる(社会主義哲学としての)唯物論の認識と思考の影響があり,これが思想のちがいの一例であろう。日本の義務教育には哲学の授業がなく,つねに集団主義が優先され,「NO といわずに空気を読む」ことが要求されるので,思想の質がまったくちがっているのではないか。さらに,医療や教育は無料,土地は社会的共有,労働者や子どものための国営の保養施設がもともと各地にある,というあっちの国と,医療も教育も有料,貧富の差も病気も自己責任とされ,私有財産制度で身動きができないこっちの国とは根本的にちがったものだ。哲学の根本的なちがいを無視して「日本には経済力があるのだからできるはずだ」という単純なものでもない。
あくまでも国際法の具体化(国内立法化,条例化)という枠組みのなかに,外国法を参考にすることなら可能性はあるだろう。根本的なあやまりは,国際法を無視して特定の外国法を移入しようとする個別の視野の発想にあり,その背景に学校教育をふくむ社会全体における思考の抑圧(全体的,科学的,合理的思考に対する抑圧)がある。全体の視野をもたない善意の支援者が,被害者を延々と運動にかりたてた末に,疲弊と失望に追いやることを危惧する。
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国連「国内避難に関する指導原則」(国内強制移動に関する指導原則)
Guiding Principles on Internal Displacement
http://www2.ohchr.org/english/issues/idp/docs/GuidingPrinciplesIDP_Japanese.pdf
「国連グローバー勧告」(合同出版)
http://www.godo-shuppan.co.jp/products/detail.php?product_id=444
国連人権理事会第3回定期的普遍的審査における日本への勧告
http://starsdialog.blog.jp/archives/73772685.html
国連「国内避難に関する指導原則」とは? 自主学習からはじめよう!
http://starsdialog.blog.jp/archives/76892154.html
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文責: 寺本和泉 (テラモト イズミ)
質疑応答集を準備します。コメント欄へのご質問,ご意見,ご指摘を歓迎します。
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記事のアドレス http://starsdialog.blog.jp/archives/75634362.html