言叢社
「ドイツ 低線量被曝から 28 年 ― チェルノブイリはおわっていない」
http://gensousha.sakura.ne.jp/gendai/hukumoto/28-2.html

J-one
【書評】 『ドイツ・低線量被曝から 28 年』 (ふくもと まさお 著/言叢社刊)
http://www.j-one21.jp/article/3294.html
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(編集者の感想)
当時東ドイツ在住の日本人による報告と考察である。
2011 年のフクシマ大災害が将来にどのような影響をもたらすか,これはわたしたちの重大関心事である。その 25 年前のチェルノブィリ大災害を経験したウクライナ,ベラルーシ,ロシアから学ぶことは非常に多くあるはずだが,おそらくまだ氷山の一角しか知りえていないのだろう。まして,ヨーロッパ諸国や,あるいは世界にどのような影響をおよぼしたか,どのような社会変化をもたらしたかは,おそらく一般のひとびとにとって未知の領域にとどまっている。しかしこれは非常に興味ぶかいテーマである。なぜなら,わたしたちと,つぎの世代の生き方,社会のありかた,あるいは人生に深い関係をもつであろうから。たしかに,単純にチェルノブィリ周辺国のことばかりをしらべても,それは一面的なものになるかもしれない。

口絵 1 は,1986 年のドイツにおけるセシウム 137 の土壌汚染状況の地図である。息をのんだ。ドイツの汚染地図を見るのははじめてである。南ドイツの山地が特にひどく,汚染は,まだら模様にドイツ全土にひろがっている。

この本は注意ぶかいデータ収集と,深く,誠実な考察によって,納得できる認識を読者に提示する。著者は,チェルノブィリ大災害当時,東ベルリンの企業で働いており,その後もドイツに在住し,状況をていねいに追っているので,一時的な取材旅行や通訳を介する取材では得られない,安定感のある記述になっている。また,当時のドイツの新聞記事や集会,デモの写真も紹介され,理解をたすけてくれる。

 
「はじめに」のなかで著者はこう書いている。
「ドイツがチェルノブィリ原発事故によって汚染されていた実態については,あまり知られていません。ドイツの放射能汚染は,今の日本と比べるとかなり低い。でも,今も低線量で汚染されている状態が続いています。いわば,低線量被曝国であったドイツでさえも,健康被害が起こっています。ぼくはこの事実を日本でも知ってほしいと思います。(中略) ドイツは,日本と同じ先進国です。チェルノブィリ原発事故によって大きな被害を被ったウクライナやベラルーシよりも,食生活や食習慣,生活環境などが日本に近い。しかし,ドイツで原発事故が起こったわけではなく,ドイツは事故現場から 1500 km も離れています。その点で,フクシマ原発事故の起こった日本とは,状況がまったく違います。でもぼくは,ドイツと日本で社会環境が似ている点に注目したいと思います。」
一方で,「ドイツの状況と日本の状況を比較対照させてはならない」と,『放射線テレックス』発行人のトーマス・デアゼーさんから警告されていたことを紹介する。(p.197)。
(参考)
放射線防護専門誌「放射線テレックス」 2012 年 12 月号
http://www.strahlentelex.de/Japanreise_2012_Hack-Dersee_jp.pdf

 
「試験的に食品の測定をはじめる」(p.46)という項目では,反原発の立場と脱被曝の立場の対立があり,やがて分断に至ることが書かれている。どこかで聞いたような話である。

本書であらためて気づかされたのは「食品の測定結果を公表するのは報道の自由だ」(p.60)という提起である。たしかに「知らせる自由」,「知る自由」の問題であり,公表すること自体は堂々とすべきだろう。ただしそのための条件については注意が必要である。

最後の方の「社会の転機がくる」(p.212)では,東ヨーロッパの民主化や東西ドイツの統一の背景に,チェルノブィリ大災害が深く影響していたことが,リアルに記述されており,非常に興味ぶかい。それは「社会主義」を看板にしていた国家権力が,本当に社会主義だったのか,という問題にもつながっている奥行きの深い問題である。そしてまぎれもなくそのことが現在と将来の日本にも無関係ではすまされない問題なのである。日本ではいま,社会秩序の意図的,暴力的な破壊がすすめられているが,その転機もかならずくることを信じて準備をしたいものだ。
(参考)
ベルリン@対話工房
http://www.taiwakobo.de/
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(関連図書)
「チェルノブイリの雲の下で」(1987)
http://starsdialog.blog.jp/archives/71542033.html
大災害の前から西ドイツにいて事態を目撃した日本人による報告と考察。
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記事のアドレス http://starsdialog.blog.jp/archives/71340578.html