20170121 UPLAN
原発事故避難者に住まいと安心を
希望政策フォーラム「原発事故避難者に住まいと安心を」(1 月 21 日,東京・文京区)
https://www.youtube.com/watch?v=jk0f8Jg7qNQ&feature=youtu.be


宇都宮健児さんのあいさつ:復興庁によれば全国の登録避難者は約 131,000人,東京都には 6,360人,自主(区域外)避難者の正確な数はわからないが(東京だけで)約 2,000人。住宅支援打ち切りは,「被ばくか,貧困か」を選択させる残酷な政策。
吉田千亜さんのお話:10月時点の福島県庁の数字では,住宅支援打ち切りの対象は 10,524世帯,26,601人,うち 7 割は行く先が未定となっている。
区域外避難者特有の被害
精神的・経済的な負担
孤独(全方位からの無理解,離婚問題,いじめ,親せき・親しい人との別れ)
経済困窮(避難生活費の負担)
オリピックが開催される東京でも,区域外避難者およそ 2,000人(推計)が住まいを追われる。
希望の言葉(「オリンピック」「絆」「復興」)によって被害者の苦しみが隠されている。この問題は 3月で終わるのではない。
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57:40 避難者 5 名の発言の書き起こし(全員匿名なので A,B,C で表示。一部聞き取りできない部分を***で表示)
A さん:***からこども 3 人をつれて避難***。わたしは 4 月以降,住居はなく,帰る家,福島の家は借金つき,すでに取り壊してありません。わたしはまもなく都営アパートを追い出され路上生活者になる予定でございます。ひとり親家庭で,避難したとき離婚になりました。20 歳の子どもがいるというんで申しこめず,わたしはどこに行くか,行くところがどこにもありません。昨年(都営住宅に)申込をしようと思い,戸別訪問の方にたのんだのですが,「20 歳以上がいるなら絶対**ないよ」といわれ,「こんなことを**どうすんの,訴えられるよ」と恫喝されました。わたしは理不尽でなりません。悲しくなりました。「なぜなんだ」と思いました。それに「都営住宅というのは都民のためであって,避難者のためではないよ」といわれ,どんどん追い込まれました。「であったら民間 15 万円から 20 万円のところに申しこんで住めばいいんじゃないの」といわれました。わたしは自分の生活の困窮の状態を伝えているのですが,とことん無視されました。わたしはこの理不尽さを納得できません。わたしは,フクイチは,福島第一原発は都民のため,さっきも(宇都宮)先生がおっしゃいましたが,福島の人には関係なく,福島はずっと F1 のために犠牲になっていたのです。何十年もです。こどもたちは,避難時は小学生と中学生だったのに,5 年たったらはたちになるのはあたりまえです。わたしは絶対放射能からこどもを守りたいです。わたしは,また戸別訪問があると聞いたのですが,追い出すものであってはなんの意味もないとおもいます。個人に寄り添ってお話するということだったので,わたしはそれを信用しましたが,実際は追い出すものでありました。わたしはどうしていいかわからないので,本当に住む場所もないので,都庁の整備局におたずねしました。「本当にこまっていますからどうにかしてください」とお話しましたがまったく無視され,全然人間あつかいされていませんでした。人権無視ということをいってもよいのではないでしょうか。わたしは住民票も東京にすぐに移して都民になっているはずなんですが,都民のあつかいもされていません。難民あつかいでございます。わたしはおとなのいじめと思っております。つまり避難者はイコールいじめの対象なんです。だから子どももいじめられます。これをどうにかしてください。それから都営(住宅)募集のしかた,多く募集をしている区と,わたしの区は文京区なんですが,ほとんど募集がなく,あっても 1 回のみで,***もちろんわたしのうちははたち(20 歳)の子がいるから申しこむことはできませんでしたけれども。わたしもきょうこの用紙をもってきたんですけれども,それはみなさんもご存じだとおもうんですけれども,同居家族が 20 歳未満のこども,カッコ平成 8 年 7 月 22 日以降に生まれた子のみであること,それ以外はだめだということですね。この「平成 8 年 7 月 22 日以降に生まれた子」という意味がまだわかりません。たった 3,4 か月のちがいでうちは申しこむことができませんでした。意味がわかりません。あのう,不公平な社会ではいけないとおもいます。だって,みなさんは**的な被ばくからみなさんの家族を守るために避難してきたわけですから,こういう差があってはいけないとおもいます。公平にすべきだと思います。国家公務員宿舎と都営の住宅の対策の格差,これも不公平さがとっても出ているとおもいます。たとえば国家公務員宿舎の方は特例がありまして条件が多くあり,たいてい当てはまるようになっております。アバウトな感じなんですが。都には特例が一切ありません。何回もお話しても「国が決めたことだから」と突き放すことしかありません。ま,「全然だめだ」の一点張りで聴く耳も持ちません。
で,国家公務員宿舎は都営に申しこめ,都営は国家公務員宿舎には申しこめません。これも差別です。このなかに国家公務員宿舎の方がいたら,多分それは聞きたくないかもしれませんが,いまの現状をお話しております。とにかくわたしたちは子どもを放射能から守るために避難してきたんです。避難者はみな同じです。行政はフクイチを誘致してきたわけです。福島県は。都,国,東電は同じ避難者に住居の格差をしてはいけません。人間として差別をしてもよくありません。とにかくわたしは母として放射能から子どもを守る**です。とにかく今の家を継続して住まわしてください。わたしは本当に路上生活になるしかありません。なぜ引っ越せないかといえば,それは金銭的なこともあるし,こどもはまた,あまりいいたくありません。思い出すととってもいやなので。ひどいいじめにあいました。いじめといっても犯罪に近いようなことです。私は夜,夜中,警察に子どもを連れて相談しに行きました。それからすぐ警察の方は心配して動いてくれたので無事ことを終えましたが,わたしは「ひどいもんだな」とおもいました。そんなに福島県人は憎いのか,そんなに福島がいやなのか,くさいのか,***ひどいじゃないですか! こんな感情的になってもしようがありません。わたしはこのことをおもいだすと感情的になるしかございません。どうしていいかわかりません。とにかく住むとこぐらいは確保していただきたいとおもいます。それからちょっとこんなこといっては申しわけございませんが,いま,福島県知事の方にお話をしてください,なにかメッセージを書いてください,というのがありました。いままでも何回も交渉に行ったんです。でも無視されつづけています。これはどうしてなんでしょうか? 個人的なことをいって申し訳ございませんが,知事さんには奥さんとお嬢さんいらっしゃって,とても子煩悩な方で授業参観もしょっちゅういらっしゃってました。娘さんの。とっても子煩悩でこどもへの思いやりがあるお父さんでした。当時ですね。なのに,なぜ同じ年代のいる家族のことをわかってもらえないんですか! わかるじゃないですか! 3月の原発の爆発のすぐ後に,娘さんと奥さんを逃がしたじゃないですか。東京へ。なんでわかんないんですか。知事さん,よろしくおねがいします。なんでそんな非人間的なことやってられるんですか? ちゃんと目をさましてください! おねがいします。(拍手)

1:06:00 B さん
都内の都営住宅に家族 4 人でいま暮らしている避難者です。うちの場合は,都営住宅の募集なんですけど,優先枠で家族 4 人で申し込みたかったんですけど,世帯要件にひっかかってしまって 4 人家族のうちの二人しか,(声がつまる)二人しか入れなくて,うちの場合はわたしと高校生の息子と 20 才代の娘と孫がいるんですけど,親子のどちらかしか申しこめないといわれてしまって,しかたなしに娘の方の名義で娘と孫の二人だけは都営住宅のあっせんされた住宅に決まったんですけど,4 月以降のわたしと息子は決まっていないんですね。このままだと本当に路上生活になってしまうんですね。(声がふるえる)条件がすごくきびしくて。そのために都営住宅の JKK の窓口に直接おねがいに行ったことがあるんですね。家族 4 人でどうしても住まわせていただけませんか,と窓口の方に聞いたんですけど,「これはきまりですからダメです」って一点張りでことわられてしまうんですね。うちの場合は主人が福島に残ってるんで,またさらに分断させられてしまうと,ほんとに三世帯バラバラていうか,わたしと息子が民間を借りて入るようにいわれたんですけど,そんなことができないからお願いしに行ったのに,ほんとに行政もすごく冷たいです。一番はやはり国が一番冷たいと思うんですね。「被災者に寄り添う」といいながら,国会とかでも。全然一切寄り添ってないんですよ。冷たい対応しかしてないんですね。とにかく帰還することしか政策になってないんです。ほんとに心から安心して福島にもどれるんならみなさんもどってますけど,ほんとに除染したとしても住宅の何メートルかしか除染してないのに,うちなんか山の中の方なので,まわり山にかこまれてるんですね。そしたら除染しても意味がないんですね。まったく。だけどみんなが住んでるから,他の福島県民が住んでるからもう大丈夫だというふうに言ってるだけなんです。おもてむきだけと思うんです。「復興」とか言ってるんですけど,無理やり帰還させて人が,県民がもどれば復興だと言いたいんでしょうけど,わたしたち避難した人たちが本当にないがしろにされている現状なんですね。福島県知事もやっぱしそうなんです。同じもんですね。県民を守ってくれるどころか,ほんとに冷たいです。帰った人は切り捨てられてるだけなんですね。原発事故さえなければほんとに平穏な生活が続いてたはずなのに,こんなことになってしまってほんとにいきどおりを感じます。どうかみなさんよろしくお願いします。(拍手) もうどうしたらいいかわからないんですけど。それで,うちは子ども高校生なんですけど,いま。4 月からまだ高校に通わないといけないのに,学校も行けなくなってしまうんですね,住所がなくなると。そういうのも言ってるんですけど,福島県も国もなにも言ってくれません。ほんとに,相手にしてくれません。個人的なことはなにも考えてくれてないですね。わたしのように高校生の子どもさんを持っている親の方はまだいます。子どもの教育も受けさせてもらえなくなるという冷たい国です。本当に。よろしくお願いします。すみません。(拍手)

1:10:20 C さん
みなさん,こんばんは。わたしは南相馬市原町区から避難してきまして東雲(しののめ)の国家公務員宿舎に成人した息子と二人で住んでおります。応急仮設住宅としての提供は終了するということにともない,特別枠としての都営住宅の入居応募も世帯要件からはずれてしまいまして,えーっと,まあ,どうしていいかわからない状態なんですが,あのう,ま,地震の,津波からの避難でしたらこんなことにはなっていなかったんですけれども,えーっと,地震の,津波でわたくしの両親が行方不明になりました。もうすぐにわたしと息子は避難してしまいましたので,両親をさがすこともできなく,まあ,あの,発見されたんですけれども,会いにゆくこともできず,火葬場にゆくこともできず,元気なままの姿しかわからない状態で,いまでも亡くなったことを信じられない状況でおります。東京に 5 年も暮らしているのに,地についていないというか,まるでいまの生活が現実ではないような気がしています。5 年もすぎたんですけれども,息子も祖父母をなくしたことと,多くの友人を津波でなくしました。そのことの大きな大きなショックからか,生活も沈みがちになりまして,仕事もうまくいかずに,はずかしいんですけれども,いまでも定職につけないでおります。それも原発のおかげだと思ってます。それでなければ普通に暮らせていたんです。あの,親子二人で,普通に,おだやかに,平凡にすごしていたはずなんですけれども,いまの状況って,だれが悪いのか,どうして住まいも取られてしまうのか,ほんとに毎日が不安で不安で,押しつぶされそうな気持で生活しています。あの,生活も大変なんですけれども,有償で,どこかに入れたとしても,高いですよね,東京って。また今回国家公務員宿舎の方に特別な理由があれば,継続で2年間ですが,住むことができるということなんですが,わたしの家の場合は家賃その他で月 8 万円になります。これ,あの福島県の方が決めた家賃だそうですけれども,これって,「帰れ」っていわれてるのかな,って思ってしまいます。ま,福島県からもいじめられ,東京から追い出され,わたしたちはどうすればいいんでしょうか?と毎日思っております。すみません,ありがとうございました。(拍手)

1:14:29 D さん
こんばんは。被災して中野区の方に小学校 3 年生の娘と,5 歳になる男の子と一緒に母子避難をしています。えーっと,5 年という月日を(涙で声がつまる)短いと考えれるか,長いと考えれるか,わたしひとりで下の子を 5 年間,夫は福島にあるいわき市にいます。なんでこのような生活にいまなっているのか,いつも思います。原発がなかったら,地震,津波だけだったらって。わたしいつも思うんです。保養先へ行っても自然を見るととってもきれいで,自分の福島の故郷を思い出して,「ああそうだ,海で魚つりしたよな」って,「山で山菜とったよな」って思うんですね。下の男の子はちょうど震災 1 か月後におなかにいることがわかったので,夫と一緒に住むことなく,いまだにわたしたちは東京の方で 3 人で避難しています。ね,わたしたち被害者なのに,なぜかどこへ行っても加害者のような・・・。身内である親戚からも「いつ帰ってくるんだ? 福島は安全なのに」といわれ,「子どもがちいさいからね」っていってもそれすらわかってもらえず,いやあお父さんぐらいわかってくれるよな,と思っても,30 キロ圏内にある実家から「きょう朝とれたんだ」って魚釣ってきて食べさせようとして,「お父さんはいいよ,でも子どもってこれからなんだよ」って,「なにをもって安心だといってるの?」っていつもいうんですけど,父親はそれをやめようとせず,わたし,あの,もう本当に無償化(住宅)がなくなったら生活できないから帰ろうと思ってさがしました,福島に家を。でも土地(価格)が上昇して家は買えず,あげくアパートも値上がりしてて帰れず,で,夫には「やっぱり子ども大事だからもうちょっと我慢して東京でできないかな」って,「下の子小さいから」って,夫だって一緒に住みたいですよ。でもやっぱり放射能を考えるとどうしてもそうしてほしいって夫が,わたしもたしかにわかる。「ね,一緒に住みたいけど」と子どもにも言われ,どうしたらいいんだろう 二重生活で生活苦だから,子どもがどこかへ行きたいといわれても,電車代かかるしな,バス代かかるしな,って,オカネのことばっかり考えて,女の子には***を習わせたいとか,そういう夢だってあったのに,なんの塾にも通わせてあげれず,そのなかで,わたしはたまたま子ども被災者支援法で適用される地域で母子避難だったから収入の 2 分の 1 で申込ができて,あげく移動できずにそこに住めることになったんですけど,だけどその法律だってどうなるかわからず,来年には中通り,いわきでは解除されるといわれています。なんでそんな汚れた地域にまた帰されなきゃいけないのか,オカネだって払ってこれからプラスで考えなきゃいけない,もうわたしこれ以上なんか自分がなんかおかしくなりそうな感じです。安心して住んでいることができません。この思いをみなさんもどうか一緒になって訴えてほしいと思います。よろしくおねがいします。(拍手)

1:19:17 E さん
わたしは福島県いわき市から埼玉県川越市に自主避難しております。あのう,いま,東京(に避難)の方々が,つらい胸の内をお話したんですけれども,ちょっとつらいお話ばっかりだとみなさんも,ね,「いままでなにもできなくてわたしが悪かったわ」なんてね,自分を責める方が結構いらっしゃるので,ちょっとあかるい,これからの,みなさんにお願いしたいことをお話します。わたしは埼玉県の川越市というところにいるので,川越市民と一緒に去年の 6 月から「原発避難者とあゆむ会」というのをつくりました。それで行政交渉をしたり,署名を集めたり,あとはこういう講演会,勉強会というものを,いろいろ組合とか,いろんな伝手をたどって,少人数でもいいからいろんな人に自主避難という人たちがみなさんのお近くにいるんだよと,一緒に協力して,どうにか来年 3 月で打ち切りになってしまうから,手を貸してくださいと,おねがいしていました。そして,えー,7 回ぐらい川越市と行政交渉しましたところ,予算をつける方向で,まだ決定じゃないですよ,3 月に決定なんですけど,つける方向でがんばってくださると,いいお返事がいま現在はあります。あしたが川越市長選挙なもんですから,電話かけにいったりね,いろいろいろいろ協力してますってアピールをして,反故にされないように,やっています。そういうこともできます。要望書とか請願書だけではもう福島県と国は動きません。ですからわたしたちが避難している,その避難先の自治体の方に協力をしていただきたいと,そのためには議員さん,選挙のときばっかり「お願いします,お願いします,清き1票を・・・」とんでもないですよね。あのう,国からとか,いろんな世論でいわれるよりも支援者の地元の人たちから 10 人 20 人クレームつけられる方が議員さんはすごく困るらしいんですね。ですからきょうここにいらっしゃる方,友人知人ご家族の方みなさん一緒に,避難者の方絶対近くにいるはずだから助けてくださいと,つぎの選挙入れないぞと,言っていただいて,お声がけしていただければ。声をあげられない避難者がまだまだたくさんいるはずなんですね。だって人数みておわかりですよね。いっぱいいるのに実際ここに 10 人もいないんです。それぐらいみなさん日々の生活に追われ,声をあげるとたたかれるんじゃないか,わたしたちは 6 年もたつのに自立できなくてあまえているんじゃないかと思われるという不安があって(声をあげることが)できない方がいます。ですから,できる人ができることをということで,避難者自身も前むきに,前むきに,なるべく前むきに,やってるんですけど,ちょっと思い出すとつらい,つらい状態なのね,実際はね。つらいですけどそういう風に下を向いてばかりじゃいけないので,子どもたちのためにも,あかるく前むきに,おかあさんが笑ってないと子どもも笑わないと思ってます。今回の原発事故の,わたしたちのような避難者というのは,人権問題で,絶対に,災害じゃなくてこれは人災だと,東電と国の人災だということを強く言って,当然の権利なんだということを言っていきたいなと,その,「避難先自治体には関係ない」と,もしかしたら冷たくいわれるかもしれないですけれども,「福島の電気を使っていた関東の人間としてどうかお願いしてください」ということで,原発避難者とあゆむ・・・あと川越の人たちは何回も何回も,しぶとくしぶとく,市役所に通って,もう担当者がわたしたちの顔を見るたびにもういやな顔をするぐらい通いました。それで,もしかしたらいい方向に,みなさんその場で。ま,民間借り上げが多いんでね,全国で画期的だといわれている宝塚市とかでも,結局は自分の市営住宅に来年,ことし1年住まわせてあげますよ,という,それをしただけで,あんなに大々的に報道されるんですね。ましてや民間借り上げ住宅の家賃をすこしでも,一部でもいいんですけれども負担してあげます,とかね,たとえばどっかの自治体がいったら,もうそれはすごいことだと,ましてや収入要件も世帯要件もとっぱらって避難者一律,自主避難全員にあげますよ,というのができたらすごくないですか? そう思うんですよね。観光アピールになりますよ,とか,いろいろ言って,みんなでみんなで,川越市民の方と一緒にいまやって,きょうも午前中やってきたんですけど。あとは市民の方に,あなたたちは自主避難者,つらい思いしたね,でもともにがんばって行きましょうと,共生という,あの,公助がないんで,共生をしていかなければ,わたしたちも前を向いて歩けるかなと,思っております。みなさんよろしくお願いします。(拍手)
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1:25:16 瀬戸大作さん
1:33:40 宇都宮健児さん,吉田千亜さん,岡田めぐみさんのトーク
宇都宮さん「本当にこまっている人,苦しんでいる人のために政治がある。声がとどいていない。緊急の問題をもっとメディアでとりあげてほしい」「この問題は残っていく。大変な問題である。都議選の最大の争点にしなければならない。希望のまち東京をつくる会もひきつづきがんばっていきたい。」
1:57:50 はがきのアクションについて(吉田さん)
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