(編集者記)
広島国際会議場で開催された「世界核被害者フォーラム」(2015年11月21-23日)でこれを入手した。
世界核被害者フォーラム
http://www.fwrs.info/
福島原発事故ではなにが起きているのか,わたしたちはどうすればよいのか,その基準はなにか,について,ほぼ正確な記述を簡潔にまとめており,一般市民が事態を理解するために役立つ資料として高く評価したい。A5 判 72 ページという小さな冊子で手にとりやすい。

「あとがき」のなかで,福島ブックレット刊行委員会の川崎哲さんはつぎのように書いている。

このブックレットでは,福島の原発災害から学ぶべき 10 の教訓を引き出し,私たちが活用できる国際法や国際基準を取り上げました。これらはいずれも過去の記録ではありません。福島における災害は,事故の発生から 4 年が経つ今も,まさに現在進行形で続いており,事態は動いています。
私たちはこのブックレットを,過去に起きたことを学ぶ書物としてではなく,現在の問題に対処し,これから起きうる惨事を予防するためのガイドとして生かしていただきたいとおもいます。私たちはこれをなるべく多くの言語に翻訳して,原発や原発建設の計画のある国々の津々浦々に普及していきたいと考えています。

福島ブックレット刊行委員会
http://fukushimalessons.jp
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記事のアドレス http://starsdialog.blog.jp/archives/48787944.html

 
 (11月29日修正)
「あとがき」に書かれている出版意図はまったく正当なものであるといえる。
第 1 章は 「原子力とは,放射線とは何か」 イラスト入りで崎山比早子さんの基礎的解説である。
第 2 章は 「福島で起きたことと 10 の教訓」 なにが起きているのかの,ほぼ正確で簡潔な説明と教訓の整理である。
「ほぼ正確な」というのは,正確でない箇所がすくなくとも 2 か所確認できるからである。
ひとつは p.34 「農民と市民による検査・測定,情報公開の取組み」の下から 2 行目に,政府の基準に合格しているものまで消費者が拒否する現象を「風評被害」と記述していること。政府の基準は,政府自身が「安全基準」とはいっていないのだから,消費者が拒否するのは自然なことである。それを「被害」というなら,加害者は消費者の「風評」ではなく,そもそも基準値をころころ変えたり,外国よりも高い基準値で流通させる政府の「政策」そのものである。すなわち「風評被害」とは,加害者が被害者に責任をなすりつける用語にほかならない。
もうひとつは p.50 で「原発事故こども・被災者支援法」を「画期的な法律です」と決まり文句で評価している一方,この法律が,「被災地」や「被災者」の定義,「支援内容」の決定権を内閣に一任する手続きを決めている「内閣一任手続法」であることを記述していない点である。
そもそも,原発事故自体が画期的なのだから,それに対応する法律が画期的になるのは当然のなりゆきである。「画期的 = 期を画する」 という表現で,価値があるかのように書くのは適切ではない。この法律がチェルノブィリ法とは根本的にちがった構造の法律であることに言及せず,「画期的な法律」といってみても,誤解を温存することになるだろう。この問題は,法律案が公表された段階ですでにわかっていたし,議論もされていた。
第 3 章は,このブックレットの評価すべき特徴というべきで,福島原発災害と国際法・国際基準(世界標準)の関係を網羅的に記述していること。原発事故後,国際法・世界標準との関係をとりあげた出版物は非常にすくなく,被害者団体,支援団体もこれらを傍観し,沈黙している。たびたびおこなわれている政府交渉でもほとんどとりあげられていない。こうした状況自体が,日本の市民社会における人権抑圧状況の反映ではないのか。
このブックレットでは人権の視点から「経済的,社会的,文化的権利に関する国際規約」など 8 点,防災の視点から「兵庫行動枠組み」など 6 点を簡潔に紹介している。
説明では,「中央政府だけが責任を負っているのではない」こと,事業者,地方自治体,自治組織なども,それぞれの責任と役割を負うものであるとされている。被災者の保護義務は社会全体にあるのだから当然である。国内法の視野だけでものを考えるなら,問題の社会構造が理解できないまま被害者が苦しむという推移は避けられないだろう。このブックレットは被害者と市民の,最初の学習の手がかりとしても適当である。

なお,このブックレットでは「国際基準」と書かれているが,当ブログの編集者 (寺本) は原則として「世界標準」という用語をもちいる。なぜなら,「国際」とは本来,「国家間の」を意味する語であり,このブックレットで紹介されている「グローバー勧告」や「国内強制移動に関する指導原則」などは国家間の合意による基準ではないからである。しかし世界標準として確立されたものであることはまちがいない。
問題は,日本政府がこれらをいつまでも拒否しつづければ,被害者が救われないだけでなく,日本政府の国際的信用の低下がいつまでもつづく,ということなのである。

あとがきによると「随時,改訂版を作っていきたい」とのことである。